心配性だった私が、今は自由に生きている

心配されて育った私
私の母は、とても心配性です。妹と弟もいますが、とりわけ第一子の私には「心配」が一番先に立っていたのだと思います。
今、自分も子を持つ身になったので、その気持ちが分からないわけではありません。
でも、愛情と心配は似ているようで、少し違いますよね。「適度な心配」なら子どもを守るけれど、「過度な心配」は、後になって子どもの心に大きな影響を与えることもあるのだと、身をもって感じています。
たとえば、
「〇〇をやってみようかな」と相談すると「やめておいたら?」と、ほぼ引き止める言葉が返ってくる母でした。
そんな環境で育つと
「チャレンジは怖いもの」
「今いる場所が安全」
「失敗したら大変」
そんな感覚が、少しずつ自分の中に根付いていきます。
高校生の時、友達と旅行へ行きたいと言ったことがありました。でも母は心配だからと全力で反対。当時の私は親を悲しませたくないと思い、結局「行かない」を選んだことを思い出します。
何十年も経った今でも、友達がその旅行の思い出話をする時、私はその輪の中に入れません。そのたびに「あの時、行っていたらなぁ」と、今も少しだけ残念な気持ちになることも。
心配性の親って、ある意味とても過保護でもあります。
私が要領を得ない子どもだったこともあり、何をするにも先回りして準備してくれたり、転ばぬ先の杖のように、気付かないうちに何でもやってくれていました。愛情だったのは分かっています。
でも、その結果として私の中に育ったのは
「私は何もできない」
「自分に自信がない」
そんな多くのマイナス達でした。
もしかすると、昔の私と少し似ているかもしれません
このブログを読んでくださっている方の中にも、
・心配性
・不安症
・クヨクヨしがち
・自分に自信がない
・自分で決められない
・他人の言動を気にしてしまう
・何かあると「自分のせいかも」
書き出したらきりがありませんが、普段からこんなふうに過ごしている方も多いと思います。
でも大丈夫。そんな不安症だった私でさえ、今はずいぶん変わりました。もちろん根っこには、多少の不安のタネも残っています。
でも昔のように失敗を怖がることは減り、今では失敗を笑い話にしたり、人の目や言葉を以前ほど気にせずに生きています。
一時は病院に通うほどのパニック障害でしたが、そんな私がどうやってここまで変われたか。
特別なことをしたわけではありません。「本当の自分を取り戻す」その作業を、長い時間をかけてコツコツ続けてきただけなんです。
本当の自分に聞いてみる
繊細でストレスを抱えやすい人って、「自分じゃない誰かの影響」をたくさん抱えて生きているような気がします。だから疲れるし、折れやすい。時には、自分が誰なのか分からなくなることもあります。
そんな時は「本当の自分」に聞くのが一番。紙に書いてみると、なお分かりやすくなりますよ。
・私は、本当はどんな性格になりたい?
・人目を気にしないとしたら、どんなことをやってみたい?
・人目を気にしないとしたら、どんな服や色を選びたい?
・収入を気にしないとしたら、どんな仕事をしてみたい?
・時間を気にしないとしたら、どんなことに没頭したい?
わざわざ「気にしないとしたら」と書いたのは、多くの人が思っている以上に、人目や周りの評価を気にしながら生きているからです。
そして、その問いのあとに出てきた答え。それが、本当の自分の答え(なりたい自分)なのだと私は思っています。
少しずつ、本来の自分に戻っていく
一気に変える必要はありません。私も小さなことから少しずつ変えていきました。
「母の心配」からの卒業。他人が植え付けた「本当の自分じゃない性格」からの卒業。そうやって少しずつ、自分が望む方向へ進んできました。
今は過去より、生きることがずっとラクになっています。すごく心が軽いし、本来の自分に戻った感じです。
だから最近は「私よくここまで変われたなぁ」「これが本当の私だったんだ」と、声を出しながら自分に、万歳三唱したい気分です(笑)
これは本を読んで知った話ではなく、実際に私が歩いてきた道だからこその経験です。
今日書いた「なりたい自分の回答」を、ぜひ見えるところに置いてみてください。スマホのメモでも、手帳でも、紙でも。目にするたびに、少しずつ自分の進みたい方向を思い出せるようになる気がしています。
そして、もし途中で少し立ち止まることがあったら、その時はまた、ふらっと真夜中の喫茶店に遊びに来てくださいね☕
